ビール造りはいきもの
VSいきもの
酵母に惚れたあまのじゃくブリュワー
2023.12.25
株式会社ONE’s (ONE’s BREWERY)
醸造販売責任者
鈴木 遼太 氏
ケルシュビールを主力にしたONE’s BREWERYの母体は、創業70年を超えるバルブの総合メーカーだ。国内のビール製造設備の需要の高まりを背景に、バルブ会社と一人の大学生の人生が交差した。当事者であり醸造部門のヘッドブリュワーを務める鈴木遼太氏に話を聞いた。
INDEX
ケルンの街に感化された大学7年生
鈴木氏は、父親の転勤に伴って各地を転々とする幼少時代を送っていた。
「秋田県で生まれて、千葉、静岡、次が岩手、北海道、神奈川、兵庫。小学校だけで4校に行きました。小学校6年生のときに兵庫に来て、中高一貫の大阪の学校に通うことになったのをきっかけに、父親は単身赴任になりました」
高校卒業後は、兵庫の実家を出て宮城県の大学に進学した。
「転勤族だったこともあって、方言にとても興味があったんです。日本語って面白いなと、大学ではずっと方言の勉強をしていました」
勉強に熱心だったかどうかは定かではないが、大学には7年間在籍していたという。
「親不孝をしてしまいました。しかも当時、熱中していたのがベルギービールなんです。こんなにいろいろな種類のビールことも驚いたのですが、とても面白い味がするなとか…。アルバイト代はほぼすべてベルギービールに注ぎ込んでいたくらいです」
2015年頃は、クラフトビールの認知が広まり、海外のビールも手に入りやすくなっていた。鈴木氏がベルギービールを好きになったきっかけは、ご家族の影響が大きい。両親と兄、一家四人がベルギービール党だったという。
「僕が初めて飲んだビールは、ヒューガルデンホワイトでした。なので自分にはビールは苦いという印象が最初からありませんでした」
そんな折、兄からドイツとベルギーへ家族で旅行をしないかと提案があった。
「兄はとても立派な人で、家族みんなの旅費をすべて賄ってくれたんです。もともと家族全員がベルギービールを好きで、メインの目的地はブリュッセルだったのですが、隣にあるドイツのケルンに行って、そこで伝統のケルシュビールを飲んでインスパイアされました。味わいはもちろん、カフェで朝から飲んでいるおじいちゃんもいて、のどかな雰囲気が漂う街並みを見ていて、漠然と『ああ、つくりたいな』と思ったんです」
ベルギーから帰国後、鈴木氏はすぐに大学に退学届けを出したという。
震災の避難ルートで経由した新潟へ
ビールは大好きだが製造に関してはまったくの素人だった鈴木氏。まずは、全国の地ビール会社に自身の履歴書を送りまくった。
「2015年頃は、地ビールブームも冷え込んでいた時期なので採用枠はかなり少なかったです。それでも研修前提で雇用してくれると言ってくれた3社ありました。一つがサンクトガーレンさん、一つは常盤野ネストさん、そして就職を決めた新潟県のスワンレイクビールさんです。大学時代に東日本大震災があって、仙台から実家の兵庫へ避難する際に、日本海側のルートしかなくて、新潟空港から伊丹空港に飛んだんです。そのときくらいしか新潟には行ったことがなかったのですが、まさかこんな形で新潟に縁ができるとは思いませんでした」
スワンレイクビールに決めた理由は、「圧倒的に何でもやらなければならない環境だったから」だという。いずれは自分のブリュワリーを持つという夢があったことから、地ビールを造るところから販売するまでのすべての工程を身に着けたいと思っていた。
「実際にはビール製造の工程どころか出荷作業や事務作業は日常の業務でした。スワンレイクビールはもともと冠婚葬祭の会社なので、レストランのホールや、駐車場整理の仕事もしましたよ。もちろんビール製造専属のブリュワーもいるのですが、経験もない新米の自分は“何でもやります”的に働いていました」
自身を“ド”がつく文系の人間という鈴木氏が、入社して一番初めにしたことは、設備や発酵といった理系の頭の切替だったという。
「物の扱いや考え方を理系の世界にすり合わせていく感覚ですかね。それはいまも続いていて、完全には到達していない気がします。以前、ビール造りは『ほとんど掃除ばかりだからつまらないよ』って言われたことがあるのですが、掃除は好きだし、きれいにしていたらビール造りにつながるんだと思うと、毎日が楽しかったですね」
発酵する酵母は、健気でかわいい
鈴木氏には、ビール造りに携わるようになって意外に感じたことがある。
「酵母が発酵している姿を見て、とてもかわいいなって思ったんですよね。飲み手だった頃はそんなこと思ったこともなかったんですが、ビールって“いきもの対いきもの”の結果なんだなぁとしみじみ感じました。発酵の様子が日々違っていて、『ああ、すごい。いきものだ』って、わくわくしていました」
ビールの酵母にはいろいろな種類がある。例えば酵母の量や発酵させる温度によって発酵具合も変わり、その違いによってビールの味わいも変化する。
「酵母そのものは人肌かそれ以上の温度で発酵は活発になるのですが、飲料ビールにするにはもう少し低い。一般的なエールビールだと20℃前後で、ケルシュ酵母の場合はさらに低くて15℃くらいで発酵させます。温度が低いことで酵母自体の活動は弱くなりますが、それでもいい風味を出すのがケルシュ酵母の特徴なんです。酵母にとってはちょっと無理をさせているわけですよね。それに耐えながら頑張っている姿が健気というか…。仕込んでから最初は見た目ではわからないくらいの優しい発酵の仕方で、ひかえめな感じもかわいくて。本当に起きてるのか?って不安にもなるのですが、寝起きが悪いって感じですね。朝が苦手な自分となんだか似ていて親近感があります」
あまり人付き合いが上手くないという鈴木氏にとって、一人で酵母と向き合うビール造りは心底楽しい仕事だという。
満たない自分だからこそのチャレンジ
転機はひょんなところからやってきた。飲食業を営む高校時代の友人から、知り合いがビールを造れる人材を探しているとのことだった。それが株式会社一ノ瀬の一瀬社長だったという。
「一瀬社長は大阪芸大出身でパーカッションをやっていたんですよね。僕の友人は飲食業とは別にオーケストラ寄りの音楽もやっていて、その関係で知り合ったらしいんです」
株式会社一ノ瀬は、いま鈴木氏がヘッドブリュワーを務めるONE’s
BREWERYの親会社だ。独自開発したバルブや関連機器の製造・販売など幅広く手掛けている。バルブとは液体や気体の配管にある流量などを制御する機器で、身近なところでは水道やガスの蛇口、自動車やボイラーでも使われている。
同社が自社醸造をはじめるきっかけは、クラフトビールの設備導入を検討していた沖縄のブリュワリーから相談されたことがきっかけだったという。
「クラフトビールの設備というとドイツや北米のものが多いのですが、初期段階の加工の下請けなどはほとんどが中国なんです。一ノ瀬は中国にも拠点がありますから、そちら経由で話が入ってきたようです。当時は日本国内で醸造設備をつくる会社がほとんどなく、需要があるのなら設備販売に醸造の研修もセットにしたら国内で事業化できると考えたそうです」
鈴木氏の友人がその話を一瀬社長から聞き、「いま新潟でビールを造っているヤツがいます」と、鈴木氏に白羽の矢を立てた。友人からの連絡で、まず話を聞いてみようと、東京で設備機器の展示会に出展していた一瀬社長に会うことにした。
「スワンレイクビールに入って3年ほどが経ち、ビールの造り方もある程度わかってきた頃でした。そのときはもう少しそこで修行したい気持ちもありましたが、規模が小さいとはいえ、新人の自分がレシピを書いてビールを出せる会社ではないので、こういうタイミングでチャレンジできるなら大阪に行こうと決めました。経験としてはまだ浅かったので不安もいっぱいありましたが、自分を追い込んだことでより勉強に力を入れられたと思います」
一生答えの出ない納得のできる味
株式会社一ノ瀬では鈴木氏に入社した2018年に子会社として株式会社ONE’s(ONE's BREWERY)を立ち上げ、その年の11月末に酒造免許を取得する。
「免許が降りたのが、ちょうど『CRAFT BEER BASE』さんと同じ時期なんですよね」
年が明けた2019年の正月から製造を開始した。主力のビールはもちろんケルシュスタイルだ。ONE’s
BREWERYでは、「KLS」という商品名で、バージョンアップごとに番号が上がっていく。“すっきりとした口当たりとわずかに香る華やかさが特徴”で、現在は「KLS-10」だという。
「おそらく一生解決しない問題だと思うのですが、バージョン10まで造っても、仕上がり具合は毎回『もうちょっとだな』と感じています。『あ、これは良さげかも』と思ったら、同じレシピで5,6回造ることがありますが、『全然違うわ』と思えば、1回でやめることもあります。その基準は完全に僕の舌でしかありません」
微妙な変化をさせるために、麦芽の種類や割合を変えることはもちろん、ホップを入れるタイミングをずらしたり、水の調整の仕方を変えたりする。また水に加えるイオンを変えたり、糖化させる温度帯も変えたりもする。
「あまり一気に変えるとわからなくなってしまうので、少しずつ変えながら、レシピを残しつつ造っています」
ONE's BREWERYでは、ケルシュスタイルの他に、季節商品としてフルーツやハーブを入れたケルシュビールや、定番商品としてアンバーエールも造っている。
「商品名は『AMB』です。もはやドイツですらないビールですが、これも“あまのじゃく”なビールなんですよ。使用するカリフォルニアコモンというラガー酵母は、本来10℃くらいで発酵させるのですが、ちょっと高めの15℃で発酵させています。ケルシュビールの魅力は、エールとラガーのいいとこ取りで、スッキリしていながら華やかさもある。カリフォルニアコモンも本来スッキリしてしまうラガー酵母だけど、あえて高めの温度で発酵させたら、いわゆる酵母らしさが前に出て、豊かな風味が出るんじゃないかと。世間ではハイブリッドビールと言われていますが、こういうのをやってみたいなと思って、定番商品にしました」
定番以外にも自分があまり好まないビールも宣伝やアピールを兼ねてたまに造るというが…。
「ケルシュしか造れないと思われるのが嫌だからです」
あまのじゃくな向きは、やはりちょっと酵母と似ているかもしれない。
気軽にビールを飲むケルンの文化を再現
ONE's BREWERYでは、東心斎橋に直営のブリューパブ『ONE's BREWERY PUB』を持っている。常時6種類の自家製クラフトビールと肉が楽しめる店だ。鈴木氏もたまに店にも訪れるという。
「自分が造ったビールをお客さんが飲んでいる姿を見て、ブリュワー冥利に尽きることもあれば、『本当に美味しいと思っているのだろうか』と疑心暗鬼になることもあります」
本業のブリュワーの仕事の他にも、醸造設備の販売とセットになった研修講師の仕事も忙しくなってきたという。
「一ノ瀬では、設備導入時の研修だけでなく、稼働後の初仕込みにも僕が立ち会っているんです。やはり使い始めの設備って、物は同じでも微妙な差が出ることもありますから。仕込みの前日に客先の工場に入って、翌日までに準備しなきゃならないので、毎回とても緊張します。初仕込みにこれだけ立ち会う人って、なかなかいないんじゃないかな」
ビール造りの経験を積み、鈴木氏の探求心は尽きることがない。最近ではOEMや他社とのコラボレーションが楽しいという。
「OEMでヘイジーペールエールを造ったり、飲食店さんからコラボ商品の企画を頂いたりしました。ウチでは絶対に造らないビールを手掛ける機会があるのは本当に嬉しいですね。ONE's
BREWERYに入って5年目ですが、ビール造りについての理解が進み、いまが一番楽しいと感じています」
その一方で、自分が身を置く大阪のクラフトビール業界は、まだまだ裾野が広がっていないと感じるという。
「醸造会社はかなり増えたのですが、それが飲めるお店も同じように増えてるかと言われるとそうでもないと思うんです。比較していいのかわかりませんが、東京と比べると明らかに様子が違います」
ONE's BREWERYは「大阪ブルワーズアソシエーション(OBA)」にも参加している。
「やはり業界の関係者が手を取り合って販路を広げることに注力していかなきゃと思っています。協会の資金は十分とは言えないので派手なイベントや宣伝はできなくても、クラフトビールを広める役目を引き受ける人や会社がないか、どんどん相談をしていきたいと思っています」
最後に、鈴木氏の今後のクラフトビールにかける思いを聞いた。
「僕がケルンでケルシュビールを初めて飲んだとき、ケルシュというビールが造りたいというよりは、街の人が楽しそうにケルシュを飲んでいるケルンの文化を、日本でもやりたいなと思ったんだと、いま振り返ってみて思うんです。クラフトビールというと取っ付きにくい印象があると思うのですが、言うてビールなんで。気軽にワイワイと、肩肘張らずに飲んでほしいと思っています」